北陸新幹線全線開業から2年、なぜいま小松の茅葺き集落に旅人が押し寄せるのか——失われゆく「手仕事」を取り戻す森の現場から
ゆ の くに の 森の木戸をくぐった瞬間、空気の肌触りがふっと変わる。杉木立を抜ける湿り気を帯びた風、どこからか漂う薪をくべる微かな匂い、そして足元でかすかに音を立てる湿った砂利。石川県小松市の山あいに広がる約13万坪もの広大な敷地には、江戸時代から明治にかけて建てられた豪壮な茅葺き古民家が点在している。近代的な観光施設が放ちがちな作為はどこにもない。まるで数百年前の農村集落にそのまま迷い込んだかのような錯覚が、訪れる者の警戒心を静かに解きほぐしていく。
デジタル化が極限まで進み、あらゆる情報が掌の四角い画面で完結するようになった昨今、都市部からこのゆ の くに の 森へ静かに足を運ぶ旅人が後を絶たない。その理由は単なる懐古趣味ではないはずだ。陳列ケース越しに完成品を眺めて終わるような消費型の観光ではなく、自らの手を泥にまみれさせ、紙を漉き、金箔の薄さに息を呑む——失われかけた身体感覚そのものを取り戻す体験が、ここには息づいている。
13万坪の広大な森に点在する、江戸期茅葺き古民家の圧倒的リアリズム
敷地内を歩き始めると、点在する十数棟の古民家が放つ静かな威圧感に足が止まる。これらは単なるレプリカではない。北陸特有の豪雪を何世代にもわたって耐え抜いてきた太い梁、囲炉裏の煙で黒光りする大黒柱、何層にも重ねられた茅の厚み。それぞれ福井や石川各地の旧家から解体移築された、正真正銘の建築遺構である。
木漏れ日が揺れる苔むした小径を進むと、小川のせせらぎと野鳥の声だけが耳朶を打つ。商業テーマパークにありがちなやかましいアナウンスや過剰な看板は徹底して排除されており、森の木々と重厚な家屋がひとつの生態系のように調和している。急ぎ足だった都会の歩幅が、無意識のうちに緩んでいくのを感じる。
画面をタップする指先が土と金箔に出会うとき——体験型観光の新潮流
旅の価値観は確実に変わった。どこへ行ったかを写真に収める時代から、現場で何を指先に触れ、どんな感情を持ち帰るかという「質感の深さ」が問われている。九谷焼、加賀友禅、輪島塗、山中漆器、金箔貼り、手漉き和紙。ここでは北陸が世界に誇る伝統工芸の粋を、50種類以上もの体験メニューを通じて自らの手で形にできる。
ろくろの上で回転する冷たい粘土に指を沈めたときの、ぬめるような抵抗感。あるいは、鼻息ひとつで宙へ舞い散ってしまう一万分の一ミリの金箔を、竹の箸でそっと器へ運ぶ極度の緊張。失敗したって構わない。少し歪んだ絵付けの湯呑みも、厚みが不揃いな和紙も、すべて自分の血の通った手が生み出した唯一無二の痕跡だ。誰かが作った既製品を買い集める旅とは、記憶への残り方が決定的に違う。
新幹線小松駅直結の足回りが変えた客層、都市部の若年層を捉える理由
2024年春に実現した北陸新幹線の敦賀延伸から2年が経過した今、小松駅周辺を取り巻く旅行者の顔ぶれには明らかな地殻変動が起きている。かつて主流だった大型観光バスの団体客に代わり、首都圏や関西圏から身軽なリュックひとつでやってくる20代の若者や、クリエイティブ職のソロトラベラーが目に見えて増えた。
東京から乗り換えなし、あるいは短時間の乗り継ぎで小松・加賀の奥座敷へ直行できる足回りの進化は、旅の滞在スタイルそのものを変質させた。「有名スポットを駆け足でハシゴする旅」を潔く手放し、丸半日をこの森の工房でじっくり工芸に向き合う時間に充てる。彼らが求めているのは即席の映え写真ではなく、雑音のない空間で味わう深い没入感なのだ。
職人の声と呼吸を間近に感じる、工房という名の対話空間
森のあちこちに設けられた工房の暖簾をくぐると、何十年とこの土地の手仕事を支えてきた熟練の職人たちが黙々と作業を続けている。その無駄のない所作をただ見つめているだけでも、知らず知らずのうちに時間が溶けていく。
「土は生き物やさかい、力でねじ伏せようとしたら逃げていくんや」。飾り気のない言葉の端々に、技術マニュアルには決して書かれない生きた知恵がにじむ。単なる観光客向けのルーチン作業ではない。指先の角度や力加減のわずかなズレを職人がそっと包み込むように直してくれる、その何気ない触れ合いにこそ旅の温度が宿る。職人の呼吸を肌で感じながら進める共同作業は、現代人が忘れかけていた素朴な対話の喜びを呼び覚ましてくれる。
能登復興と伝統工芸の未来を背負う、石川のものづくりの現在地
石川のものづくりを取り巻く状況は、近年決して平穏なことばかりではなかった。地震をはじめとする幾多の試練を経て、地域の工芸文化はその存在意義と連帯の重要性を改めて問われてきた経緯がある。
能登の輪島塗や珠洲焼をはじめとする被災地の作り手たちへの思いを共有しながら、加賀の地で伝統の灯を絶やさず発信し続けるこの森の役割は、今や一観光施設の域を遥かに超えている。旅行者がここで土に触れ、筆を握り、正当な対価を支払って体験を持ち帰ること自体が、地域文化を未来へと繋ぐ生きた循環の一部になる。「応援」という言葉を大げさに掲げるのではなく、確かな工芸の息吹を身体で受け止める場所として、この森の存在感は静かに際立っている。
季節の風と茶の湯の静寂——一日を消費せず、記憶に刻む歩き方
工芸体験に集中して程よく疲れた頭と身体を、築後数百年を数える古民家での食と茶が優しく迎えてくれる。挽きたて・打ちたての加賀そばを手繰り、澄んだ湧水で点てられた抹茶をすするひとときは、身体の奥底まで染み渡るような贅沢だ。
春の柔らかな新緑、夏を取り囲む深い杉木立、秋に燃え上がるような紅葉、そして冬の静寂を包み込む白雪。茅葺き屋根の上に巡る四季の移ろいは、いつ訪れても異なる陰影を落とす。効率やタイムパフォーマンスばかりを追い立てられる日常から離れ、あえて手間と時間を愛でる旅の原点がここにある。旅を終えて自宅に戻った後も、自分の手で仕上げた器を手にするたび、あの森の冷涼な空気と土の匂いが鮮烈に蘇るはずだ。 (出典: ゆ の くに の 森(Yahoo!ニュース))