道後温泉の喧騒を抜け、名湯の真価に出逢う――2026年、旅慣れた大人が「道後 グランド ホテル」をあえて選ぶこれだけの理由
道後 グランド ホテルのエントランスをくぐると、外の冷たい風の記憶がふっと消える。約三千年の歴史を刻む道後温泉。2024年夏に本館の保存修理工事が完了し、街全体が完全復活の祝祭ムードに沸いてから2年が経った。2026年の今、温泉街は世界中からの旅人で日夜ごった返している。だが、からくり時計の賑わいからわずかに坂を上がったこの場所には、驚くほど澄んだ静寂が横たわっている。流行りのラグジュアリーホテルが次々と生まれるなか、背伸びをせず、湯治の原点にある「素の心地よさ」を守り抜く宿の姿がここにある。
館内を満たす仄かな和香の先で、スタッフが深々と頭を下げて迎えてくれた。全国の温泉地を泊まり歩く旅人たちの間でも、道後 グランド ホテルの奇をてらわない実直なもてなしは根強い定評がある。過剰なデジタルチェックインや無機質なスマートサービスとは対極にある、目と目を合わせたやりとり。合理化ばかりが進む現代の旅において、この体温の通った出迎えこそが何よりの贅沢に感じられる。
本館全館再開から2年、観光地の中心で守られる「静寂」
2024年の夏、道後温泉本館が約5年半に及ぶ大改修を終えた時の熱気は記憶に新しい。それから2年。保存修理を終えた木造建築の美しさを一目見ようと、道後は今も連日多くの観光客で埋め尽くされている。ハイカラ通りを歩けば、湯上がり姿でそぞろ歩く人々の下駄の音が響き、どこかフェスティバルのような高揚感が漂う。
だが、旅のすべてが熱狂である必要はない。むしろ、散策を終えて宿に戻った瞬間には、深い溜息とともに肩の力を抜きたいものだ。この宿の最大の強みは、賑わいの中心地から徒歩数分という距離にありながら、一本奥まった坂の上に位置している点にある。観光地の活気と、隠れ家のようなプライベート感。このふたつを同時に手に入れられる立地は、道後広しといえども決して多くない。
肌を滑る名湯、岩風呂と檜が醸す湯治の時間
浴場へ向かう。引き戸を開けた瞬間に立ち上る、柔らかな湯気。無色透明の単純温泉は、肌に触れた瞬間に違いがわかる。滑らかで、角がない。四国・松山の地が何千年にもわたって育んできたアルカリ性の美肌の湯が、移動で固まった関節をじんわりとほどいていく。
露天風呂に身を沈め、ふと空を見上げる。四国の澄んだ夜空に星が瞬き、風が頬をかすめる。最新のデザイナーズバスのような尖った造作はない。けれど、岩の配置、檜の縁の手触り、湯口から注がれる湯の音のすべてが、ただ「浸かること」だけに意識を集中させてくれる。目を閉じれば、日々のタスクやスクリーンの残像が綺麗さっぱり洗い流されていくのがわかるはずだ。
瀬戸内の恵みをいただく、鯛の兜蒸しと旬の味覚
風呂上がりの空腹を満たすのは、瀬戸内海の豊かな潮流がもたらす海の幸だ。席に着くと、目にも鮮やかな前菜とともに、愛媛を代表する郷土の味が次々と運ばれてくる。なかでも箸を止められなくなるのが、看板料理として長く愛されている「鯛の兜蒸し」だ。
ふっくらと蒸し上がった鯛の白身に、上品な出汁の旨みが染み渡っている。余分な脂がなく、噛むほどに魚本来の甘みが口いっぱいに広がる。合わせるのはもちろん、愛媛の地酒だ。辛口の純米酒を冷やで流し込む。米の旨みと魚の滋味が重なり合い、旅の夜は静かに更けていく。派手な創作料理で驚かせるのではなく、土地の素材を一番旨い仕立てで出す。その潔い料理哲学が心地いい。
一人旅から家族の記念日まで、世代を超える居場所
館内を歩いていて印象的なのは、客層の幅広さだ。ノートパソコンを傍らに置いて湯治ワーケーションを楽しむ単身者もいれば、小さな子どもの手を引く若夫婦、さらには喜寿の祝いだろうか、三世代で記念写真を撮り合う家族の姿もある。
誰一人として居心地悪そうにしていない。それは、この宿が持つ懐の深さゆえだろう。バリアフリーへの配慮、適度な距離感を保ちながら痒い所に手が届く仲居の目配り、そして畳の部屋がもたらす普遍的な安心感。尖ったコンセプトホテルにはない、誰もを等しく包み込む包容力が、ここには確かに息づいている。
2026年、賢く道後を味わい尽くすための滞在ヒント
もしこれから松山への旅を計画するなら、スケジューリングには少しだけコツがいる。午前中に松山空港やJR松山駅に到着したら、まずは荷物を宿に預け、身軽な状態で道後温泉本館や飛鳥乃湯泉を巡るのが賢明だ。日中の賑わいを存分に味わい、夕暮れ前にチェックインを済ませる。
夕食前のひと風呂を浴び、瀬戸内の会席に舌鼓を打った後は、夜風に吹かれながら道後公園まで足を伸ばすのもいい。宿に戻れば、夜鳴きうどんや冷たい伊予柑水が待っている。翌朝は少し早起きをして、まだ観光客のまばらな温泉街を散策する。朝露に濡れた本館を眺め、宿に戻って温かい朝食をいただく。このリズムこそが、道後を最も深く味わうための黄金ルートだ。
変わらないことの価値、愛媛の旅を締めくくる場所
チェックアウトの朝、ロビーには穏やかな朝日が差し込んでいた。靴を受け取り、見送りのスタッフと短い言葉を交わす。旅の終わりはいつも少しだけ寂しいが、身体は驚くほど軽く、足取りは力強い。
変化のスピードが加速し続ける2026年の観光シーンにおいて、変わらない安心感を提供し続けることは、実は最も難しく、最も尊い挑戦だ。流行を追うのに疲れた時、ただ素朴な湯と温かい飯、そして人の情に触れたくなった時、人はまたこの坂を上ってくるのだろう。道後の湯は、今日も変わらぬ温もりを湛えて旅人を待っている。 (出典: 道後 グランド ホテル(Yahoo!ニュース))