世界が息をのんだ「奇跡のせせらぎ」は今――山口・一の川、ホタル舞う水路に迫る温暖化とツーリズムの現在地

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世界が息をのんだ「奇跡のせせらぎ」は今――山口・一の川、ホタル舞う水路に迫る温暖化とツーリズムの現在地
世界が息をのんだ「奇跡のせせらぎ」は今――山口・一の川、ホタル舞う水路に迫る温暖化とツーリズムの現在地
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🎵 世界が息をのんだ「奇跡のせせらぎ」は今――山口・一の川、ホタル舞う水路に迫る温暖化とツーリズムの現在地

一 の 川の岸辺に腰を下ろすと、暮れなずむ初夏の風の底から、湿った川苔と冷たい川砂の匂いが立ちのぼってきた。山口市中心部を南北に貫くこの水脈は、国の天然記念物「山口のゲンジボタル発生地」として古くから知られる。夕闇が濃くなるにつれ、水際を飛び交う淡い緑色の光跡が一つ、また一つと瞬きを増していく。川沿いの細道には、静寂を乱さぬよう息を殺してたたずむ人影が途切れない。欧米からの個人旅行者、手をつなぐ地元の高齢夫婦、小さなノートを広げる子ども。2024年に米ニューヨーク・タイムズ紙が「今年行くべき場所」として山口市を世界に紹介してから2年。狂騒的なインバウンドの熱波が一段落した2026年の初夏、かつてない静かな熱気を帯びたこの川辺は、日本の地方が抱える環境保全と観光振興の最前線として、静かに息づいている。

室町時代、京の都に憧れた大内氏が鴨川を模して町割りを整えたとされる一 の 川だが、その歴史は決して穏やかな調和ばかりに彩られてきたわけではない。治水のためのコンクリート護岸化によるホタルの激減、そこから半世紀をかけた住民と行政による再生の苦闘。数々の危機を乗り越えてきた川だからこそ、2026年の今、地球規模の気候異変とオーバーツーリズムの波という新たな難題に対峙している。この水辺で今、何が起きているのか。現地を歩いた。

「静けさ」を買いに来る旅人たち――インバウンド第2波のリアリティ

「京都や東京の喧騒から逃れてここへ来た。街の中にこんなにも澄んだ闇と水が残されているなんて、信じられない」

フランスのリヨンから訪れた建築家の男性(42)は、暗闇に目を凝らしながらささやくように語った。街灯が意図的に落とされた小路を、人々が足元を確かめながらゆっくりと歩く。かつてのマスツアーのように大型バスで乗り付け、写真を数枚撮って去るような観光客の姿はほとんどない。滞在型の欧米客や、国内の都市部から「デジタルデトックス」を求めてやってくる個人客が主流だ。

経済効果は確かに街を潤している。周辺の古民家を改装したカフェや宿は予約で埋まり、地域経済に新たな循環をもたらした。だが、観光客が増えれば当然、環境への負荷も高まる。夜間の話し声、車のライト、歩道から外れて水辺の草むらを踏み荒らすトラブル――小さな水辺の生態系は、人間の気配に対して驚くほど敏感に反応する。

コンクリート護岸の失敗から半世紀、手探りで取り戻した「多自然川」

今でこそ豊かな光の乱舞を見せる川だが、かつてはその光が完全に途絶えかけた歴史がある。昭和40年代、相次ぐ水害対策として進められた大規模な河川改修が原因だった。

水害を防ぐために川底を掘り下げ、護岸を分厚いコンクリートで覆った結果、ホタルの幼虫が蛹(さなぎ)になる土手が消失。幼虫のエサとなる巻き貝「カワニナ」の住処も奪われ、一時はホタルの姿が水辺から消え去った。危機感を抱いた地元住民や研究者たちが立ち上がり、行政とともに護岸を天然の巨石を積み上げる「空積み」工法へと再改修し始めたのは1980年代のことだ。

石と石の隙間に泥がたまり、水草が根を張り、水生昆虫が戻る。護岸の傾斜を緩やかにして土を残し、幼虫が上陸しやすい環境を整えた。現在の川の姿は、手つかずの大自然ではない。激しい水害から街を守りつつ、生き物の居場所をギリギリの工学で残した「計算された共生」の結晶なのだ。

水温1度の壁――猛暑と線状降水帯が突きつける幼虫たちの危機

だが、過去の教訓をもとに築かれたシステムも、2020年代半ばから激化する気象異変の前で揺らぎを見せている。最大の脅威は、容赦のない「水温上昇」だ。

「カワニナは水温が25度を超えると活動が極端に鈍り、死滅しやすくなります。近年の酷暑は川底の生態系を直撃している」

長年、川の観測を続ける地元の自然保護グループのメンバーは危機感を露わにする。夏場の連日の猛暑に加え、突然発生する局地的な豪雨が追い打ちをかける。一度の線状降水帯による激流が川底を洗掘し、繁殖したカワニナや草木を一気に下流へと押し流してしまうのだ。2025年夏の記録的高温は、翌年春のホタル発生数に影を落とした。自然が自ら修復するスピードを、気候変動の猛威が追い越し始めている。

漆黒の夜を守り抜く「灯りの協定」と街の暗黙知

環境の激変に抗うため、地域住民が最も神経を尖らせているのが「光害(ひかりがい)」のコントロールだ。

ゲンジボタルの発光は、単なる美観ではなく、雌雄が交尾のために交わす命がけのコミュニケーションである。周囲が明るすぎると、オスはメスを見つけられず、産卵に至らない。この川沿いでは、初夏の発生期になると街灯に覆いがかけられ、近隣の住民は夕暮れとともに障子や遮光カーテンを固く閉ざす。

近年増えた観光客に対しても、徹底した周知が行われている。スマートフォン画面の強い光やカメラのオートフォーカス補助光、懐中電灯の照射を控えるよう呼びかけるボランティアが要所に立つ。住民にとっては生活の不便を強いる取り組みだが、街全体で「暗闇を共有する」という暗黙の文化が、川の生態系をかろうじて下支えしている。

「見せる観光」から「守る滞在」へ、模索される流域エコシステムの形

2026年に入り、地域では観光消費のあり方を根本から見直す動きが加速している。単なる名所巡りではなく、環境負荷を最小限に抑え、観光収益を河川環境の維持に直接還元する仕組みづくりだ。

夜間の観察会を有料の少人数限定ガイドツアーとし、得られた参加費をカワニナの放流や川底の清掃費用、水質センサーの設置管理費に充てる取り組みが始まった。観光客に川の繊細な生態を深く理解してもらうことで、マナー違反を未然に防ぐ効果も生まれている。

「観光客を締め出すのではなく、川の守り手に巻き込むこと。消費するだけの旅から、自然の維持に加担する旅へと意識を変えてもらうしかない」と、ツアーを企画する地元まちづくり会社の担当者は語る。

せせらぎが映し出す日本の縮図、水と人が結び直す未来

水面をかすめて飛んだ一匹のホタルが、護岸の柳の枝先に止まり、淡く明滅を繰り返す。その青白い光は、現代の都市が置き去りにしてきた繊細な生命のリズムを、見る者の胸に突きつけてくるようだ。

人口減少が進む地方都市において、世界中から人を引き寄せる豊かな自然遺産をどう守り、どう次の世代に手渡していくか。この川が直面している課題は、そのまま2020年代後半の日本列島が抱える宿題でもある。護岸を削る濁流、照りつける太陽、そして暗闇を求めて遠く海を越えてくる旅人たち。様々な思惑と自然の脅威が交差するこの細い流れのほとりで、人間と水辺の新たな関係性を探る静かな対話が、今夜も続いている。 (出典: 一 の 川(Yahoo!ニュース)

一 の 川
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