昭和レトロの幻想を打ち砕く「生のカツオ」の凄気――2026年、高知の孤高な港町「久礼大正町市場」へ人が吸い寄せられる理由
久礼 大正 町 市場のアーケードへ足を踏み入れた瞬間、容赦ない藁の焦げる匂いと荒々しい潮風が鼻腔を直撃した。整然とパッケージ化された商業施設や、どこを見渡しても同じ顔をした観光フードコートに食傷気味の現代人にとって、ここはまるで剥き出しの港の心臓部だ。わずか40メートルに満たない狭隘な路地。創業100年を超える鮮魚店や青果の木箱が所狭しとせり出し、ゴム長靴を履いたおばちゃんたちの鋭い掛け声がコンクリートの床に乾いて響く。午前10時すぎ、目の前の久礼港から水揚げされたばかりのカツオが台車でガタゴトと運び込まれるや否や、詰めかけた客たちの視線が一斉に獲物へと注がれた。
「兄ちゃん、迷いよったら旨いとこ無うなるで!」と豪快に笑う店主の包丁さばきに息を呑む。全国の商店街が無機質なキャッシュレス決済と均一化の波に呑み込まれた2026年の今だからこそ、久礼 大正 町 市場が頑なに保ち続ける生々しい人間味と圧倒的な鮮度が、旅人の心を激しく揺さぶるのだ。大都市のスーパーに並ぶドリップの浮いた切り身では絶対に体験できない、死後硬直すら始まっていない獲れたての弾力。その一切れを口に運んだ瞬間、巷のグルメランキングや星の数がいかに表層的なものだったかを思い知らされる。
火災からの復興と大正天皇への感謝――100年を超えるアーケードの泥臭い歴史
この市場の歴史は、単なるノスタルジーでは片付けられない。起源は江戸時代、土佐藩の漁師町として栄えた時代まで遡るが、「大正町」という名が刻まれた背景には壮絶な苦難の物語が存在する。大正4年(1915年)、久礼の町を襲った大火によって街並みの大半が灰燼に帰した。途方に暮れる住民たちに手を差し伸べたのが当時の大正天皇であり、復興資金として下賜金を下賜された町民たちがその恩義を風化させまいと改称したのが「大正町」の始まりである。
戦火も不況も乗り越え、地元漁師の胃袋と日々の生活を支え続けてきた路地。天井の低い木造アーケードを見上げれば、何世代にもわたって燻され続けてきた梁が黒々と光っている。ここは観光客のために後からあつらえた「レトロ風テーマパーク」ではない。100年以上の歳月、日々の暮らしと命のやり取りが堆積した本物の現場である。
田中鮮魚店と「飯台」システム――買った魚がその場で極上の定食に化ける快感
市場の中枢として異彩を放つのが、名物として知られる「田中鮮魚店」だ。店先の氷の上に丸ごと横たわる大魚から、自分の直感だけを頼りに一匹、あるいは好みの節を選ぶ。すると職人がその場で鮮やかに柵取りし、客の目の前で豪快に切り分けてくれる。この市場の真骨頂は、購入した魚を持って路地の向かいにある食堂スペース「漁師小屋」へと渡る独自のシステムにある。
店員に手渡すと、炊きたての白飯と魚のアラで出汁を取った熱々の味噌汁が瞬く間にセットされ、自分だけの究極の定食が完成する。熱い米の上に、まだ脂の乗ったカツオの刺身をのせてかっこむ。ニンニクのスライスを添え、ぶしゅかん(高知特産の香母酢)をひと絞りした自家製ポン酢をくぐらせる。噛み締めるたびに溢れ出す鉄分と濃厚な脂の旨味。理屈など吹き飛ぶほどの原始的な多幸感が胃袋を満たしていく。
冷凍ゼロへの執念:久礼の一本釣りが生み出す「モチ鰹」という奇跡
なぜ久礼のカツオは他と決定的に違うのか。その答えは、漁師たちの「一本釣り」への狂信的なこだわりに帰結する。巻き網で大量に捕獲され、魚同士が圧迫されて傷む魚とは根本から質が違う。一本釣りで釣り上げられたカツオは即座に船上で活け締めされ、氷水で急冷されて数時間後には市場のまな板に乗る。
ここでしか出会えない究極の食感が、釣り上げられてから数時間以内の個体にしか現れない「モチ鰹(もちがつお)」と呼ばれる状態だ。包丁を跳ね返すほどの強烈な弾力と、まるで搗きたての餅のように歯に吸い付くねっとりとした舌触り。冷凍技術がどれほど進化を遂げた2026年であっても、この食感だけは現地でしか絶対に体感できない。鮮度とは時間そのものであり、久礼という土地そのものを胃袋に収める行為に他ならない。
くれ天、ところてん、地蜜――魚だけではない路地裏のディープな誘惑
カツオの熱狂から少し視線を外すと、市場の奥行きはさらに深まる。立ち上る湯気の先で揚げられているのは、名物の「くれ天」だ。獲れたての小魚のすり身を昔ながらの石臼で丹念にすり潰し、生姜を効かせて菜種油で揚げた素朴な練り物。ハフハフと息を吐きながら頬張れば、魚の骨のざらりとした野趣あふれる滋味が広がり、酒呑みならずとも唸らされる。
さらに異彩を放つのが、一本の箸だけで食す久礼の「ところてん」だ。黒蜜や酢醤油ではなく、魚節で取った黄金色のだし汁に浸して一気にすする。ツルリとした喉越しとだしの塩気が、火照った身体をすっきりと冷ましてくれる。路地の片隅では、地元のおばあちゃんが山から採ってきたばかりの野草や濃厚な地蜜を並べており、海の恵みと山の豊かさがわずか数歩の距離で混ざり合っている。
インバウンド狂騒曲の先へ:2026年の久礼が貫く「迎合しない」誇り
大都市や有名観光地が外国人観光客向けの多言語看板と画一的な高価格メニューで埋め尽くされ、どこか虚飾の漂う風景へと変貌してしまった2026年。そんな潮流に背を向けるかのように、久礼大正町市場の佇まいは驚くほど変わらない。看板は手書きの墨文字、聞こえてくるのは容赦のない土佐弁の応酬だ。
インバウンドに媚びてメニューを歪めることもなければ、無駄な装飾で飾り立てることもしない。「うちはうちの魚を、うちのやり方で売るだけぜ」。あるベテランの仲買人がぶっきらぼうに放った一言に、この港町の矜持が集約されている。本物を求める感度の高い旅人たちが、何時間も電車や車を乗り継いで四国の南端までわざわざ足を運ぶのは、消費される観光ではなく「確かな生の営み」に触れたいと願っているからだ。
旅の果てに出会う本物の温もり――中土佐町で私たちが取り戻す人間らしさ
市場を出て数分も歩けば、太平洋の白波が打ち寄せる久礼港の堤防に出る。海風に吹かれながら振り返ると、市場のアーケードから立ち上る煙が青空に細く溶けていくのが見えた。スマホの画面ばかりを見つめ、アルゴリズムに最適化された日常を送る私たちにとって、久礼大正町市場での体験は強烈な解毒剤となる。
魚の血の匂い、泥のついた野菜、おばちゃんとの遠慮のない値引き交渉、そして炭火の熱。そこには五感を総動員しなければ受け止めきれない圧倒的な現実がある。旅の終わりに持ち帰るのは、クーラーボックスに詰めた鮮魚だけではない。効率化の波の中で私たちがどこかに置き忘れてきた、人間臭い生の躍動感そのものなのだ。 (出典: 久礼 大正 町 市場(Yahoo!ニュース))